2018年09月15日

減災

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     近くの公園の樹木が・・・

ご無沙汰の更新ですm(__)m

今年の厳しい夏の暑さも一段落。
そんな矢先に今月4日には台風21号により四国・近畿地方を中心に
記録的な高潮や暴雨の影響で大きな被害をもたらしました。

続いて6日には「北海道地震」が発生し震度7が計測されました。
厚真町を中心に停電、鉄道や道路のインフラにも大きな影響が
でたようです。

ここに台風21号、北海道地震において
被災されました皆さま方には衷心より
お見舞い申し上げます


拙寺においても台風21号による被害が少々でました。
外壁、山門の郵便ポスト、庫裏の雨漏り・・・
直ちに保険会社、施工業者が様子を点検していただきました。
何とか保険で賄えるとのことで一応の一安心。
しかしこの状況だけに修復作業については今のところ未定です。

ただ拙寺周辺の様子を見てみると見るも無残な光景があちこちに。
なにわ筋のイチョウの街路樹のほとんどが根元からと倒れたり
幹の真ん中からぽっきりと折れたて道路がふさがれ、
幹線道路の信号が倒れたり向きが傾いていたりです。

西区内の一部の地域が約2日間停電。
近隣の24時間営業のコンビニが数件臨時休業。
停電の友人宅のマンションでは、エレベーター・オートロックの
エントランス・室内の電化製品が全くの機能不能。
ここまでは私自身も想像のつく現象ではあります。
友人家族が一番困ったこと・・・。
それは、立体駐車場が機能せず車両の入出庫ができない事態に。

とにかく今回の台風21号はかつて経験したことのない強風を
伴った台風で時間が経てば経つほど被害のの大きさが広がって
いるように思います。

近くの公園の樹木もご覧の画像のとおりで、いまだ復興に
及んでおりません。

自然災害に対し我々人間の力には限界があります。

減災

つまり巨大災害に対して災害を防ぐのではなく、
被害が出ることを前提にできるだけ少なく抑える
という考え方です。
昨今、勃発する自然災害からの被害を完全になくすのは
不可能なほどの大きな災害が続いています。

しかしながら日常の備えや取り組み、意識を持つことに
よって最小限にとどめることは可能なのかもしれません。

今回の被害を教訓にもう一度災害に対して向き合ってみなくては。
起こらないに越したことはないのですが・・・。

天災は忘れた頃にやってくる!

南無阿弥陀仏


posted by 正 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月22日

2018秋季彼岸会

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ここ数ヶ月、各地での自然災害勃発により平穏な日暮を
送りにくくなっておりますが、ようやく僅かながら
先の見通しがたってきたようです。

さて明日は秋季彼岸会法要を執り行います。
どうぞどなたでもお参り下さいますようお待ちいたしております。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | お寺

2018年09月24日

冥福???

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冥福をお祈りいたします

ここ数ヶ月の間、数名の著名人の訃報・・・。
その度にテレビ・ラジオ番組のMCが使う常套句です。
通夜・葬儀の弔電の電文にもよく耳にします。
実はこの「冥福を祈る」という言葉はかなり特異な言葉なのです。
「冥福を祈る」という正確な言葉の意味をご存知でしょうか?

冥福というのは「冥土での幸福を願う」という意味の言葉です。

『広辞苑』で「冥土」を引いてみると

    死者の霊魂が迷い行く道。また行きついた暗黒の世界

『仏教辞典』で「冥土」を引いてみると

    死者の霊魂が赴くという地下の世界。
    黄泉(よみ)、冥界などと呼ばれ暗黒のイメージを持つ。

やはり一般的には、死んだら「闇」という感覚は人間の
共通意識なのかもしれません。

つまり「冥福を祈る」というのは、死後、暗黒世界に落ちていることを
前提とした受け止め方なのです。

冥福を祈るというのは

    死んだら冥土といわれる闇の世界に行くけど、
    こちらの娑婆の世界でお参りしたり願ったりするから
    何とか良いところに行って下さい。

という意味です。

生きてるこの世側の人間が頑張ることで、暗黒に落ちた故人に
エールを送る感覚です。

これを一般的には 追善供養 といいます。

浄土真宗は追善供養のお勤めはいたしません。

正直な話
私たちのはたらきで故人がどうにかなるかどうか
誰にもわかりません。
みなさんそんなパワーありますか?
私にはそんなパワーは持ち合わせておりません。
私の周囲にもそんな方は一切いません。

仮に持ってる人はそれでいいんですけど、
お勤めしたらその功徳で良いところに行けますよ・・・。
そんな無責任なことは私には言えません。

しかし間違いなく言えることはひとつあります。
それは先祖がいたからこそ今の私達のいのちがあるということ。

浄土真宗の故人の受け止め方

浄土真宗では亡くなられた方を、阿弥陀仏のはたらきによって
ただちに浄土に生まれられた仏さまであると受け止めます。

したがって暗闇の冥土とか地獄にいくような存在ではありません。
ご先祖は光の満ちた浄土という世界に生まれられた仏さまである。
このように受け止めますので「冥福を祈る」という、

    真っ暗闇の世界、冥土で幸せになってく下さいね、
    こちらから応援するよ!

という考え方は“やっぱり何かへん”ということになるのです。

ここだけの話、葬儀にお勤めしている浄土真宗の僧侶は
弔電の中で「冥福を祈る」という言葉が読み上げられると

    ん〜浄土真宗のご門徒の葬儀にに「冥福を祈る」は
    ちょっと違和感があるなあ・・・。

特に指摘はしないかもしれませんが、大抵の僧侶が聞きながら
モヤモヤしています。
(住職によっては注意する人もいるかも・・・。)

まあこれは「冥福を祈る」という言葉の意味と、
浄土真宗がどういう考え方なのかを知らずに
使っているのだということは僧侶側も承知の上です。

どうせなら適切な言葉の表現をしたいものです。
訃報に際し、故人やそのご家族に何とか感謝の心や悼む心を伝えたい。
そんな素直な気持ちを何か言葉にして伝えるためには
「冥福を祈る」という言葉以外の表現も知っておくことが大事です。

ただ私は浄土真宗の僧侶の立場で書いていますので、
いろいろご意見もあるかもしれません。
もちろん「冥福を祈る」は他宗派では使っても
問題ないところもあります。

やはりそれは故人をどう受け止めるのかの違いでしょう。
ということで、どこでも使える表現方法をご紹介します。

●謹んでお悔やみ申し上げます。
●謹んで哀悼の意を表します。

この2つの表現は浄土真宗で使っても適切で、
またどの宗派でも違和感がないだろうと思います。

ここで考えておきたい大切なことはお別れの時間を
大切にすることです。
ご縁のある方が故人を偲び、きちんとお別れする時間を
確保するのが第一です。

どうせなら人生節目の場面を大切に過ごすためにも
言葉の意味を知って使ったほうが良いと思います。
弔電を送る際、またお悔やみの言葉を伝える時には
先に紹介したような表現を使われると誤解なく
お悔やみの心を伝えられるのではないでしょうか。

追而

仏式の葬儀で使わない方がいい言葉

天国に召される→浄土に往生される
ご霊前→ご仏前
草葉のかげ×
安らかに眠る×

                  南無阿弥陀仏
posted by 正 at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教

2018年09月30日

またもや…

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さて、先の台風21号に引き24号が日本列島に迫ってます。

大阪市内も先ほどから雨風がでてきました。

どうぞ皆さま、充分にお気をつけて下さい。


さて、明日から10月…
北御堂では仏教人生講座がございます️

よろしければどうぞお越しくださいませ。
posted by 正 at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記