2018年02月06日

ご縁づくり!

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ご無沙汰の更新にて失礼します(^^)v

2月に入り、インフルエンザが蔓延してきているようですが
皆さま如何お過ごしでしょうか?

さて話は変わりますが、先日ご門徒さんのお参りの折に
次のようなお話を伺ってまいりました。

 ご主人  最近のお葬式ですが昔と変わりましたなあ・・・
      「家族葬」ってよく聞きますけどどんなお葬式ですか?

 私    ここ10年から15年前くらいでしょうか・・・
      葬儀社が葬儀プランを区別するために称した言葉です。
      従来から執り行っていた家族親族は勿論、友人知人、
      仕事関係者、その他故人や故人の家族とご縁のあった方とともに
      お見送りをする葬儀を「一般葬」と言います。
      そして、葬儀をコンパクトに考える社会風潮に応えるため
      家族親族だけで故人をお見送りをする葬儀を「家族葬」と
      言います。

 ご主人  実は先日私の友人がえらいぼやいていたんですわ・・・。

 私    ご友人に何かあったんですか?

 ご主人  そうですわ。
      去年の春先に友人の兄が亡くなったんですけど、
      兄家族から知らせがなかったらしいんですわ。

 私    実のお兄さんでしょ?

 ご主人  ご縁さん(私)、何で亡くなったことを知ったと思います?

 私    ほかのご親族さんから連絡があったとかですか?

 ご主人  親戚連中、誰ひとり年末まで知らなかったらしいです。

 私    年末までですか?

 ご主人  それが何と12月に届いた年賀状欠礼のハガキで知ったらしいです。

 私    ということは、亡くなられて半年以上知らさていなかたと
      いうことですか?

 ご主人  友人がすぐに兄家族に連絡したそうです。
      すると
      “遠方であることとご高齢であるためわざわざお葬式に
      来ていただくのはは申し訳ないので「家族葬」で済ませました”
      との返事があったらしです。

 私    色々ご事情があるにせよ、連絡ぐらいはね。

 ご主人  兄家族は、私たちを家族ではないとう認識がよく分かったと・・・
      兄の親族や関係者のことよりも残された自分たちの都合を優先した
      自分勝手な行動が納得できないと、友人はえらい不服を言ってました。

以上のような会話です。
私自身もここ数年、色んな方々からよく聞くお話しです。
かつて日本人は儀式を大切にしていたように思います。
儀式といっても執り行う趣旨にふたとおりあると私は思います。
日本特有の四季の折り目に行う儀式と私たち自身の人生の節目に行う儀式です。

儀式を執り行うということは、季節の移り変わりを感じ自然の恵みに感謝する
ということ、私自身の恵まれたいのちとたくさんのご縁を喜ぶび感謝するという
ことであると思います。

しかしながら昨今一事が万事、簡素に無駄を省く傾向にあります。
私も時と場合によっては一部賛成ですが、こと儀式を執り行うことについては
異論があります。
人が多かったり、豪華に派手にすることではなく儀式たる本質をもう一度
見直してみてはどうかと思うことが多々あります。

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儀式を執り行うことが自らの思いを宣誓する事でもあり、自覚と覚悟を認識する
場でもあり縁者にお育てをいただくいうことだと思います。
特に初参式・成人式・結婚式などは・・・(できれば仏前で)

簡素に無駄を省く優先順位がどうも納得できないこともありあます。

儀式を執り行うことを面倒だと思わず、共々にひとつひとつのことをて丁寧に
優しく受けとめてみたいものです。
次代に想いを繋げるためにも・・・。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記