2016年12月07日

自分にできること!

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拙寺が所属しています動物供養協議会。

この団体は、

  ペットの葬送儀礼をとおしていのちの尊厳を伝えていく。
  ペットを飼っている人、飼っていない人の双方の理解と
  協調を深めていく環境作り。

を目的として設立され、寺院(僧侶)と関わりの持つ業者が
会員となっています。
早いもので設立されて来年で10年を迎えます。

その間、世の中の状況もずいぶん変わり、とりわけペットに
関する意識や環境も変化しました。

同時に会員の意識も変わり設立した頃に比べると顔ぶれが
変わりました。
世間の大きな波にのまれてしまった者、当会の目的や理念、
活動方針に異を唱えて去っていった者。
当会への協力理解、協賛いただいて新たに仲間に加わった者。

振り返れば色んなことがありましたが、僅かながらではありますが
組織としての体力が付き始めたのかと感じる昨今。

さて先日、拙寺において関西ブロック会議が行われました。
寺院としての目線、業者としての目線・・・。
多団体、他企業からの活動協力、
そして個々の現状報告。
限られた時間の中、たくさんの意見、情報交換ができたように思います。

ただ共通した出席者の意識・・・。
目先の損得、儲かる儲からないということではなく、
今個々にできることは何なのか。
このことが互いに確認し合えたことが大きな収穫です。

そしてまた今回も新たなご縁をいただきました。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ペット

2016年12月10日

門徒もの(忌み)知らず

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先日のご門徒の葬儀の際にいただいた志の品に添えてあった御礼状と
「清め塩」についての紙片・・・。

   親しみ、いつくしんできた人が亡くなれた途端に「穢れてもの」と
   考えることは故人や御家族に対して大変失礼なことと思われますので
   「清め塩」は添えておりません。
   主旨をご理解下さいますようお願い申し挙げます。

葬儀社の企業努力なのか、それとも一種のおもてなしの思いなのか。
いずれにしても仏教徒としては、有り難いことなのかも知れません。

「門徒もの知らず」という言葉があります。

浄土真宗を信仰する信者のことを門徒と言いますが、そのまま解釈すると、
浄土真宗の信者はものを知らない、つまり世間の常識を知らないと
揶揄されている言葉です。

元々は「門徒もの忌み知らず」と言われていたものが略されて、
「門徒もの知らず」になったと言われています。
つまり「忌み事」を知らないということです。

「忌み事」というのは世間一般から時折耳にするバチや祟りを畏れ、
それを忌み嫌い避けることを言います。
しかし浄土真宗の教えからすると、全くの迷信・俗信なのです。

「門徒物忌み知らず」とは、迷信俗信にとらわれない浄土真宗の
門徒としての生活の信条をの示した言葉です。

例えばよく聞く「忌み事」を挙げてみましょう。

まず、日の良し悪しをいう「六曜」。
大安・仏滅・友引・・・。
結婚式は大安に仏滅を避ける。葬式は友引を避ける。
亡くなった人がが親しい友を引っ張っていくから・・・。
友引という字面が「友を引く」と書くという全く根拠のない理屈からです。

結婚式を大安を選んで行なわれますが、昨今の離婚率が高いのもご承知のとおり。
「六曜」自体がは儒教の教えによるもので、一定法則に従って日割りした暦です。
当たり前のことですが、日に良し悪しなどあるわけがないのです。

また、「忌み事」が語呂合わせによるものもあります。
病院や、ホテル、マンション、ロッカー、駐車場の番号にに4番や9番を
とばしている光景を見かけたことがあると思います。
これは言うまでもなく数字の「4」は死を「9」は苦を連想することからです。

中陰の四十九日が3ヶ月にまたがる場合、切り上げて早めるとしますが、
四十九日を「始終苦しみ」と読んで、「3ヶ月」を「身につく」と読み、
合わせて、「始終苦しみが身につく」という語呂合わせから来ています。
つまり四十九日が3ケ月にまたがると、自分たちに「始終苦しみが身につく」から
避けるとう粗末な俗信です。

最近はほとんど見ることが亡くなりましたが葬儀ともなると「忌み事」ばかり。
  一膳飯に箸を立てる。
  遺体の上に魔よけの刀を置く。
  出棺時にお茶碗を割る。
  お棺をぐるぐる回す。
  清め塩を使う。 
  火葬場への行きと帰りの道を変える。
これらは全て死者を穢れととらえて、忌み嫌いその事実から避けるということから
生まれた習俗です。
先の紙片の言葉のとおり、亡くなられた方を冒涜しているということです。

「忌み事」はこれ以外にも、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占い、風水、まじない、
厄払い等々・・・。
挙げればきりがありませんが全て迷信・俗信のたぐいです。

親鸞聖人は、約800年前にこうした迷信俗信に惑わされている人々を嘆き悲しまれ 

  悲しきかなや道俗の
  良時・吉日えらばしめ
  天神地祇をあがめつつ
  卜占祭祀つとめとす

というご和讃を著述されています。

悲しいことに、今時の僧侶や民衆は、何をするにも日の良し悪しを
気にしてみたり、また天の神、地の神を奉り、占いやまじないなどの
迷信にかかり果てている

という意です。

著述された当時、そして科学の発達した今日でも全く違和感なく
受け入れられるところに、人間の根本的な迷いは昔も今も変わらない
普遍性を私たちにお諭して下さっています。。

浄土真宗の門徒に限らず私たち人間は、目の前の事実に目を背くことなく、
この真実なる教えに出遇い、根拠のない迷信や俗信に惑わされたり不安を
煽られることのない豊かな人生を歩むことが願いです。
もっともっと真実に触れていただけるよう私たちも日々精進です。

南無阿弥陀仏

posted by 正 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教

2016年12月14日

お寺とインターネット

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12月に入り、何となく周辺も慌ただしい毎日となってきた。
同時に一年を振り返る今日この頃・・・。

今年の仏教界では、ちょっとざわつく様な流れが・・・。
1月早々にインターネット通販大手のAmazonが法要儀式を
執行する僧侶の派遣業務に参入し社会を賑わした。

既に大手流通業界「イオン」は、数年前にインターネットで
法要儀式の請負い業務を開始、ここ最近新規参入してきた
「小さなお葬式」の大々的なテレビCMや新聞広告。

しかし決して驚く事ではない。
実はそれ以前から、僧侶をインターネットで派遣する仲介業者は
存在していたし、お寺とご縁のないご家庭には葬儀社が僧侶を
紹介することもあった。

私自身の考えだが、そういう企業の業務内容の賛否を問うと
いうよりも何故企業が出現し、業務として成り立っているのかを
仏教界側が問うべきだと思う。

考えられるのは、社会構造の変化による血縁・地縁・社縁が
希薄になり、お寺はとの関係性も親密ではなくなってきた。
それと同時に僧侶(お寺)、もっといえば仏教界全体の教化伝道の
従来までの甘さのツケが一気にやってきたのではないかと。
故に起こるべきして起きた現象だと私は感じている。
今後、この流れを止める事はもはや不可能だろうし、この流れを
いかにお寺に生かしていくかを考えるべきだと思う。

出逢ったきっかけはどうであれ、お寺と施主との関係性が構築され、
仏縁としてその後お寺との付き合いが始まり、法要行事にご参詣
下ればそれはそれで大変有り難いことであろう。

それでもなお、インターネットで僧侶を依頼するという事に
私は一種の抵抗感はある。
しかしその上であえて配慮すべき事は、以下に挙げた点だと考える。

@一か八かを避ける
葬儀式は人生一度で最期の儀式。その大切な儀式に、どんな僧侶が
やってくるか分からないギャンブルを避けるべきだと思う。
依頼されて来られる僧侶が全て意に沿う方ばかりではない。
出来れば普段から信頼できる僧侶(お寺)と親しくしておき、
直接依頼するのが望ましい。

A余計な出費を避ける
仲介に企業(業者)が存在することによって喪主は余計な出費を
することになる。
一案として、お寺の本堂での葬儀式執行の方が経費を抑えられる
場合が多い。
お布施は高額で不明瞭と感じている方も多いのは事実。
そもそも「料金」や「サービスの対価」とは性質を異にしている。
ありのままの現実の状況や考えを僧侶(お寺)に相談される事を
お勧めする。

B違う目的に使われることを避ける
喪主としては仏さまにお供えすると思いで上納されるお布施。
お寺の護持運営、伝道教化、慈善活動等にと使われて欲しいと
願われているお布施が、一部手数料として業者(企業)の資源と
なっている現実。
喪主には、お布施と手数料の仕訳を明瞭にし、お寺と業者(企業)の
それぞれの目的に使われるように説明するのも一案だと考える。

以上、総じて僧侶(お寺)と親しくお付き合いし、直接依頼するのが
望ましい事ではあるが、
付き合いのある僧侶がいない
身近に良い僧侶がいない
僧侶の探し方が分からない
という声が聞こえてきそうで、だから業者に依頼しているんだと・・・。

しかしインターネットで業者を検索するなら、お寺(僧侶)を検索して
頂きたい。
今は宗派や寺院もインターネットで積極的に情報発信をしいる。
お寺のHPを見れば、住職(僧侶)考え方や人柄を前もって
知ることが出来る場合も多い。

インターネットの苦手な方は、宗派の本山や地域の教務所に
電話連絡して紹介してもらう手段もある。
コンビニよりも約1.5倍寺院数が多い日本。
自宅近くを散策すれば必ずお寺があるはずだろう。
ちょっと勇気を持ってお寺の山門をくぐってみよう。
そして直接相談、依頼してみよう。

最後に、少しばかりの手間と時間をとって頂きたい。
良いお寺、良い僧侶との出逢いは、葬儀式や仏事の時だけでなく、
あなたや家族の人生をきっとより良く、安心した歩みの道しるべと
なる事を願って・・・。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | お寺

2016年12月21日

冬至

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今日は冬至。
一年で昼(日の出から日没まで)の時間が最も短い日。
大阪市日の出時間は7:01、日の入り時間は16:50。

本当にこの時季は「つるべ落とし」いわれるように急に日が沈む。
さて今年も残り10日・・・。

今年の締めくくりと迎える新年の準備に追われて、
何かしから慌ただしい。

30日には、毎年恒例の餅つき。
今年もたくさんの方がお越し下さいます。

さあ、ラストスパートです!
posted by 正 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年12月27日

今年も・・・

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今年のご門徒宅への月忌参りは明日でひと段落。

同時に年末・年始に向けての準備に大忙しですが、
30日に行う例年恒例のお餅つきが拙寺にとっての
一年最後の行事です。
今年も正福寺の縁者をはじめ、知人・友人・その他
多数の方々がお越しの予定です。

天候も予報は何とか晴れ模様のようです。

今年は新たにかまどを新調し、万全を期しています。
一年を振り返りながら、楽しく賑やかなひと時を・・・

【正福寺お餅つき】
  12月30日(金)13:00〜
    於>正福寺 境内

よろしければ、どなたでもお越しくださいませ!

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月31日

お世話になりました

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昨日は、門信徒・縁者・知人・友人と入れ代わり立ち代わり
延べ約50名の方々がお越し下さり、毎年恒例のお餅つきを
執り行いました。

天候にも恵まれ、賑々しく本年最後の納めの行事・・・。
特に今年は、新米の良いもち米が手に入り、かつプロパンガスで
蒸していた昨年までとは違い、かまどにての一気の米蒸し、
さらには若い力のつき手で、素早くつき上げたのよかったのか
例年になく粘りのあるいいお餅に仕上がったようで好評でした。

楽しくわいわいがやがやと、本当に有り難いご縁をいただきました。

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深夜には、例年の如く息子たちの忘年会の後の流れで、
軍団が一気になだれ込むようにお寺に乱入!!!
これまた懐かしい顔ぶれに出逢い、何とも心地のいい気分に・・・。

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振り返ると一年もあっという間に過ぎ去り、本日大晦日を迎えました。
今年もたくさんの方々のとの出逢いと別れのご縁をいただきした。
大変有り難く感謝申し上げます。
拙寺も昨日のお餅つきのあと片付けと同時に新年の準備で、最後の最後まで
慌ただしい時間を過ごしております。
まあ何とか穏やかな新年を迎えることができそうです。

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どうぞ皆さま方、健やかな新年をお迎えされるよう念じております。
来年も何卒宜しくお願い申し上げます。

南無阿弥陀仏

posted by 正 at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記