2016年06月06日

お西とお東

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    大坂石山本願寺址に建立された現大阪城

門信徒の皆さんや一般の方々との関わりの中で、
時折色んなお尋ね、質問を受けることがある。

即答でできることもあれば、私自身が浅学菲才故に宿題と
なる場合もある。
そんないくつかあるお尋ねの中で、ここ短期間で同じお尋ねが
あったためここはひとまず再度ブログにてお答えを・・

西本願寺-御影堂.jpg
    西本願寺・御影堂

東本願寺-御影堂.jpg
    東本願寺・御影堂

「お西とお東って何がどう違うんですか???」

「お西」とは正式名称「浄土真宗本願寺派(西本願寺)・
龍谷山本願寺」といい
「お東」とは正式名称「真宗大谷派(東本願寺)・
真宗本廟」という。

まず最初に、決して内紛が起きて喧嘩別れした訳ではないので・・・

さて今から約400余年前、現在の大阪城の地に大坂石山本願寺が
創建されており、信仰の中心であり大坂の街の中心であった。
当時第11代顕如宗主と織田信長との戦、いわゆる石山合戦が
11年間続いていた。
顕如はついに信長の和議に応じたが、長男・教如は抗戦を主張。

信長の死後、豊臣秀吉は顕如の後継に三男・准如(じゅんにょ)を推し
教如を隠居させ、さらに堀川の地(現西本願寺の地)を寄進し
本願寺を建立した。
一方秀吉の死後、徳川家康は烏丸の地(現東本願寺の地)を寄進し
本願寺を建立し、教如を継承させた。

こうして本願寺東西分立となったが、家康は勢力を分断させるために
東西を分けられたとされ今日に至る。

さて現在の建物について東本願寺は江戸以降の再建で大きく重厚であるが
国宝はほぼ皆無であるのに対し、西本願寺は380年前の再建で秀吉好みが
色濃く残り、優雅な桃山文化の遺構が残され国宝も多く保有している。
お堂についても西本願寺は堀川通りから境内に入り、右側(北側)が
阿弥陀堂、左側(南側)御影堂、畳の向きは南北に敷かれ丸柱で支えられて
いるのに対し
東本願寺は、烏丸通りから境内に入り右側(北側)が御影堂、左側(南側)
阿弥陀堂、畳の向きは東西に敷かれ角柱で支えられている。
西本願寺より後の再建であるため、わざと反対にしてのではと言われている。

その他阿弥陀様の形、お仏壇仏具、作法や読経の節など細部に
はいろいろと違いが・・・。
ただ親鸞聖人を宗祖と仰ぐというは同じであるので、お経や教義は同じである。

最後に宗門学校ついては、西本願寺は龍谷大学、東本願寺は大谷大学。

大まかな違いはこれくらい!!!

南無阿弥陀仏

posted by 正 at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教

2016年06月07日

第三者

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先月末より首都・東京がざわついている。

舛添東京都知事の政治資金の「公私混同」疑惑について
都民はもちろん日本国民が注視している。
先日行われてた記者会見において都知事は、
「第三者の厳しい目で調査を行い報告する」
と繰り返しの発言。

そして調査を担った弁護士2名が同席しての昨日の記者会見。
そこでまた「不適切ではあるが違法性がない」との調査報告。
本日の都議会の答弁・・・。

この一連の発言・行動で納得した者はどれくらいいるだろうか。

政治資金規正法に制限の定めがないから法的責任が問えないと
いうことのようだ。
一般市民からすれば、法的責任以上に舛添知事自身の東京都の
リーダーとして、もっと言えば人間としての資質と信頼関係が
問われているのだと・・・。
同時に人としての「品格」、つまりその人に感じられる気高さや
上品さが問われているように思う。

ふと以前に知人の法曹関係者から聞かされたことが頭をよぎる。
本意を持ち合わせていなかったり、虚偽があったり後ろめたさが
あればあるほど、法律・条例・契約書を楯にしてくるのだと。
しかし直ちに真実を見抜かれ、一溜りもなく論破されると。
楯にしてくる姿勢にここで言う「品格」など微塵も感じ得ない。
違法性がなければすべて良しではない。
不適切であるからこそ都民が怒っているのだから・・・
ホームグランド内の「第三者」の目にいささか違和感を感じたのは
私だけだろうか?

今回の一件、「第三者」の目は都民の厳しい目であり、
首都であるがゆえに日本国民という社会全体の厳しい目であろう。
さてどう審判されるか・・・
私たちの身近なところでもありがちなことだ。

世間さまはよく見てござる!
阿弥陀さまは見抜いてござる!

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 世間

2016年06月11日

お蔭さまで25年!!!

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先日の9日、私たち夫婦は皆様のお蔭により無事25回目の
結婚記念日を迎えることができました。

初めて出逢ったのは、昭和59年龍谷大学深草学舎。
当時私は20歳、坊守は18歳・・・
あれから32年の歳月が流れました。

途中お互い紆余曲折、結果縁あって北御堂(本願寺津群別院)で
結婚式。
その後4人の息子たちと孫一人に恵まれ今日に至ったいます。

出逢った頃、まさか奈良で生まれ育った私が、現在大坂のど真ん中の
お寺の住職となっていることなど想像もしていませんでした。
振り返ってみると坊守は、間違いなく私の人生において少なからず
影響を及ぼしたパートナーとなったいるわけです。

こんな私たち夫婦ですが、今後とも宜しくお願いしますm(__)m
posted by 正 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族

2016年06月13日

この時季が・・・

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6月も中旬を過ぎ、大阪も先週から梅雨に入っています。
当然のことながらこの時季は雨も多く鬱陶しい日が続きますが、
境内にある梅の木に立派な実をつけています。
特に今年の実は全体的に大きく、直径5センチくらいのもの・・・

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早速採れる範囲のものを収穫しましたが、量にして8キロくらい。
今年はご覧のとおり、5リットル瓶2つに3リットル瓶1つ
梅酒を漬けることにしました。

最短年末の賞味まで乞うご期待!!!
posted by 正 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月23日

心引き締めて!

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本日、運転免許証の更新のため門真市の運転免許試験場まで。

年々手続きが簡素化され、ほとんど待つことなく講習に・・・。
生々しい事故発生時の動画、年齢に応じた運転心得etc

振り返ること免許証を取得して30余年。
考えてみれば今まで、大きな事故を起こしたことも巻き込まれた
こともなくこれています。
交通事故全体の4割ほどが高齢者(65歳以上)の事故だと。
私自身も、「アッ!!!」と危険を感じたことは幾たびも・・・。

改めて体調万全、時間の余裕を持って安全運転です!!!
posted by 正 at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記