2016年05月08日

あっとう間の7回忌法要

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今日はゴールデンウィークの最終日。

振り返ること6年前の5月8日。
甲子園出場を夢見た次男のチームメイトであった高校2年生の
高校球児が志半ばで亡くなった。
若干17歳の生涯に幕・・・。

そして拙寺本堂にて、彼の家族、親族、当時の野球部のチームメイト、
友人知人の30余名が参集の中、7回忌法要を勤めさせていただいた。

その間、本日を迎えるまでの感覚としてはあっという間の一言・・・。
高校卒業後、大学、社会人と同級生たちはそれなりの環境の変化が
あっての7回忌法要。

法要後のお父さんからの挨拶の言葉に
「皆さんは、見た目も中身も変わって成長もしてきていると思いますが
 私にとっては遺影のとおり、当時の丸刈りの高校2年生のままです。」

同じ子を持つ親の立場としては、何とも身に染みる思いだ。
しかし彼のお蔭で、大切な“いのち”を見直す機縁を与えてくれたと思うと
それは本当に尊いと思う。

あらためて今生かされているこの“いのち”に感謝!

南無阿弥陀仏


posted by 正 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年05月10日

お坊さんあるある!!!

テレビやネット情報を見聞きしていると、各業界ごとに
「あるあるネタ」があるようだ。
それに便乗して「お坊さんあるある」なるものを・・・
特に浄土真宗に限って、次に挙げたことを見聞きすると
自然と反射的にピクッと反応してしまう「あるある」。

●お坊さん(お寺)って、税金を納めなくていいんでしょ。
●お坊さん(お寺)って、丸儲けでしょ。
●すぐに寄付を求めるでしょ。
●仏教に宗派がいくつもあるけれど、結局どれも一緒でしょ。
●「他力本願」を他人をあてにするという意で誤用された時。
●お経は難しくて何が書いてわからない。
●金封の表書きに「供養料」「読経料」「回向料」と
 表記されていた時。
●お子(お孫)さんの宮参りを済ませたことを聞かされた時。
●友引に葬儀式はだめでしょ。
●念珠が切れると縁起が悪く、何か災い事が起きるんでしょ。
●お坊さんは字がうまくお話が上手だという先入観。

まあ、こんなところだろうか。
事実というか現実が知られてなかったり、仏教や浄土真宗の
間違った教えを持たれたり、誤解があったり・・・。

さてここからは、現実且つ正確なお話・・・。

先ず、お寺は宗教法人であり、法人としての収益に対しては
確かに非課税ではあるが、法人の職員としての扱いである
住職(僧侶)の所得に対しては所得税や府・市民税は
当然ながら納めてる。
またその宗教法人を維持していくには、一般的にイメージされている
以上に経費負担が大きいため、極々一部のお寺を除いては決して
裕福ではない。それどころか護持困窮寺院が全寺院の50%を
超えているというデータもあるくらいだ。

また宗派によって教えは全く異なる。
特に浄土真宗は、阿弥陀さまの願い(他力本願)によって
私たちはもれることなく救われるという教えであるため、
修行を必要としないし、亡くなられた故人に対して
供養と称して読経を行わない。
個人のお願いごと(我執)を叶えてもらうために
頼むことはしない。
また迷信・占いなどは必要としないということだ。
故に念珠が切れようと、友引に葬儀を行おうが
一切こだわらない。
現に私は年間に2〜3回は念珠が切れる。
まさに諸行無常の理である。
ただ僧侶も当然ながら人間であるため得手不得手がある。
お経であったり、書道や人前でのお話、人によって様々だ。

最後にぜひ心得て頂きたい浄土真宗の要旨である
浄土真宗の教章(私の歩む道)
ご覧になって頂きたい。
     ↓
https://hongwanji-shuppan.com/source/download/k_a4.pdf

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 世間

2016年05月22日

2016永代経

ちょっと多忙故にご無沙汰いたしました。
この時期になりますと宗派内外に関わらず、お寺や私自身が
所属しています各種団体の総会が開催されます。

その中でも4団体についてはお役を任に就かせて頂いて
おりますため、決算書・予算書・活動報告書・事業計画書等
資料作成におわれてが事務仕事が山積いたしておりました。

まだ若干資料作成を残しているのの、ようやくひと段落
したという感じです。

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さて、本日は拙寺の「永代経法要」をお勤めいたしました。
他宗でいう亡くなられた方のための「永代供養」とは
意味合いが違います。
私たちの浄土真宗でお勤めいたします「永代経法要」とは、
亡くなられた方のご縁をとおして、報恩感謝のおこころで
仏法を聞かせて頂く寺院が永代に亘って読経されることを
願う仏縁の場として営む法要です。
門信徒の方々が納めて下さったご懇志は、寺院の諸堂の維持や
法座等、存続していくことと仏法が子々孫々伝え広まって
いくことを願われた浄財であります。

昨日は、家族総出で最終の準備に当たり、本日無事に勤めさせて
いただきました。

お参りにお越しになられました方々、またご懇志を上納下さった方々
有り難うございました。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月28日

動物供養協議会2016

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先日拙寺が会員となっております動物供養協議会の総会が
行われました。

伊勢志摩サミットによる若干の交通規制の中、
大阪より愛知県刈谷市の浄土宗・願行寺さんまで車移動・・・。

さて例年当協議会総会で感じることですが、年々世の中の状況が
目まぐるしく変化してきているということです。
ペットに関わる状況のみならず、日本人の宗教心、日本の経済状況、
僧侶の危機意識・・・。

今年も宗派・地域・職種の異なる方々のご縁でたくさんの刺激、
そして何よりも様々な情報収集ができたことが尊い。
残念ながら退会された方、縁あって新たに入会された方・・・。

当協議会も新陳代謝、止まることなく意識を高めて日々成長です。


南無阿弥陀仏
posted by 正 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ペット

2016年05月30日

こだわり

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お参り先のご門徒のお宅の前にできた新しい駐車場。
「1・2・3・5・6・7...」

またもや「4」がない。
おそらく「4」=「死(し)」で縁起が悪いということだろう。
世間さまのこだわりかも知れないが、数字に興味を持ち出した
幼子にどう説明するのだろうか???

  かなしきかなや道俗(どうぞく)の
  良時(りょうじ)・吉日(きちにち)えらばしめ
  天神(てんじん)・地祇(じぎ)をあがめつつ
  卜占(ぼくせん)祭祀(さいし)つとめとす


上記は今から約700余年前に宗祖親鸞聖人が詠まれた和讃の一首。

  「僧侶も世俗の者たちも、良い時良い日に執(とら)われて、
   天の神や地の神を崇(あが)めつつ、占いや祈りごとに
   余念がありません。
   なんと悲しいことなのでしょう。」

当時も科学・医療・通信が進歩した現代も何ら変わりのない
人間の姿を戒めて下さっている。

祈祷という名のもとに魂を鎮め、魔よけ、厄除けに余念がない。
テレビや雑誌等では、星占い・血液型占い・風水...。
ご利益信仰として、家内安全・商売繁盛・無病息災という
人間の欲望を満たすための“信心深く”足しげく神仏を崇拝する。

よくよく考えてみれば、呪術と本来の仏教は全く関係がない。
人生の岐路に立って、身近に相談相手が存在しない現代人の
孤独感が占いにゆだねざるを得ない姿としての思い浮かぶ。
人間の欲望には限りがない。
たまたま自分の欲が充足すれば、それ以上の欲が深まってしまう。

『浄土真宗の教章(私の歩む道)』
https://hongwanji-shuppan.com/source/download/k_a4.pdf
の「生活」に“現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る”
と掲げられている。

幸福を願わない人はいない。だからといって周囲に無関心というのも
仏教の本義ではない。
ありのままのことをありのままに受け入れる。
時として厳しい現実を受け入れなければならないことも多々ある。
しかしその真実に目を背くことなく受け入れていくということには
勇気がいるかもしれないが、どんなことに遭っても、恐れることなく
すべてのことをお蔭さまと仰いでゆきたいものだ。

見捨てることなく阿弥陀さまはこんな私を見て下さっている。

南無阿弥陀仏。

posted by 正 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 世間