2016年11月30日

追想

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今日で11月も終わり・・・
今年も残すところ1ヶ月となりました。

一年を振り返りながら、反省するところは反省し、
有り難く成し得たことは素直に感謝させていただく・・・
そんな想いになる時季となってまいりました。

今月、忘年会と称した食事会は既に2回終えました。
来月にはあと4回、予定が控えております。
これもたくさんの方々とのご縁の賜物です。

先日、以前に拙寺の事業活動に関わって頂いたメンバーとの
宴がありました。
このメンバーとの出逢いは今から7〜8年前。
その間、概ね3〜5年ほど関わりがあり今日に至っています。

現在も継続して拙寺をサポートして頂いている者、自らの個性や
類稀な技術を生かしながら、あるいは人生のギアチェンジをした者。
一同それぞれの環境下で日々充実した毎日を過ごしている事の現実に
何とも言えぬ安堵感と充実感をうかがい知ることがでました。

このメンバーと関わっていた頃とは、世の中も変わってきました。
当時の懐かしい回想に一種の学びのような事を互いが感じ得たような
気がします。

話題の中心というと・・・

特に人間であれペットであれ、葬送儀礼の市場原理として
良し悪しはさておき、淘汰される昨今の厳しい現実であること。

そんな厳しい世情の波にのまれる者と適応していく者と概ね
2タイプに分れる。
当然ながら、波にのまれることと適応することでは全く意味も
方向性も違ってくる。
つまりは、個々の生活信条であったり企業でいう経営理念であったり、
その都度揺るぎない根幹が基となり、個々の事象に柔軟に耳を傾ける
ことができるかどうかが分かれ目なんだと。

そこには必ず、緻密な短期・中期・長期の将来設計や展望があり
そして構築していくには志を一にした互いのつながりと信頼関係が
必須条件かもしれない。
特にお寺としての性質上、信頼関係で成立している要素が大きい。

こんな風に意外と真面目な話と当時の教訓を生かした話で
盛り上がりながらの空間でした。
一緒に参加してくれた子供たちの成長の様子を見ていると、
時の流れを感じずにはおれません。

時間が過ぎた分、私たちも真実を見極める眼が養われ
成長できたのならこれほど有り難いことはありません。

互いを刺激し合いつつ、またの機会に話は持ち越しです。
また有り難くも楽しいご縁をいただきました。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年11月24日

これも現実!?

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数ヶ月前より目が見難くなったというか
眼鏡が合わなくなったというか・・・。

今の眼鏡も1年半位前に新調したにもかかわらず(≧∇≦)

とうことで思い切って眼鏡を新調することに。

検眼してみると眼鏡をかけて0.6、裸眼では検眼表の
0.05がぼやけて測定不能となるありさま(大汗)
元々の近視と乱視、加えて一気にすすんだ老眼で
今回は初めての遠近両用の眼鏡にしました。

慣れないせいか視界がしっくりしません。
益々老いが現実的になってきました。
しかし事実を事実として受け入れなければ・・・。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年11月22日

先陣きって!!!

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めっきり日が短くなってきたこの頃・・・。
今年も残り1ヶ月余りを残すばかりとなってきました。

昨日は宗派の大阪教区の会合で北御堂(本願寺津村別院)まで
出かけてまいりました。
そびえ立つ山門に面している御堂筋、例年の如くライトアップされ
都心部特有の黄昏どきを感じました。

会合終了後は、先陣をきって今年初めての忘年会。
難波で魚料理を堪能してまいりました。

今月末から来月中旬にかけてすでに忘年会の予定が・・・
今年もたくさんの方々と出逢い、そして有り難いご縁ができて・・・

お声をかけていただけることに感謝です!!!
ぼちぼち一年を振り返りながら、先を見据えて精進あるのみ。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月19日

木を見て森を見ず

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先日、有り難くも貴重なご縁をいただきました。

ある業界で永きにわたり企業のトップとしてご活躍のNさんとのお話です。
昨今の経済状況、社会通念が目まぐるしく変化してきている中、
安定的な経営を維持していくにはと言う話題に・・・。

森を見て木を見ず、葉を見て木を見ず

日常業務に対して、一生懸命に仕事をしているとついつい自分の仕事の
本質を見失いがちになってしまい、部分・枝葉・細かい取り決めなどの
小さいことばかりに目が行ってしまうものだ。
どれも重要で欠かすことができない大切なことだが、全体と部分の
両面を常に見なければならない。

仕事の本質的なところの話を言えば、組織の問題、マネジメントの問題、
個人の問題など、側面での諸々の問題があるが、大事なこととして
まず何が必要か?
やはりいちばんの重要なことは組織の方針に尽きる。
経営者は、その経費方針をベースとして、仕事・人・文化・仕組みを
トータルでバランスを取りながらぶれることなくマネジメントして
いかなければならない。
また逆に経営者は、社員・スタッフに言動行動を見られている立場でもあり
一緒に汗を流してくれるか否か見据えてるのだと・・・。
そうでないと言葉というものは捉え方が人それぞれ違ってくるので、
言葉を共有化するのではなく、身をもって信頼関係を構築していかなければ
ならない。

戦略としては、あくまでも個別企業(木)の問題。
同じ森でも伸びている木もあればパッとしない木もある。
この違いをつくっているのが戦略だ。
逆に、個別企業の戦略をよく見ようとすると、木(戦略の全体)を
捉えようとせず、葉(ぱっと目につく個別の事例)を見るだけになってしまう。
つまり「葉を見て木を見ず」になってしまうのだと・・・。

そんな話を聞かせていただき、お寺の護持運営も同じだと。
お寺へのお参りの減少を宗教心の希薄、核家族化等「森」(社会全体)の
理由にしがちです。
寺院の中でも活発に寺院活動し活性化しているお寺もあります。
森だけの原因ではありません。

企業や病院や社会福祉施設や学校、そしてお寺であろうと、
経営戦略は成り立ちます。
「森」や「土」のせいにせず、また細かな「葉」だけの話にせず、
きちんと「木」(経営戦略)を明確にしなければと切実に感じます。

ここで頭をよぎるのが以前にも書きましたが、近江商人の
「三方よし」の活動理念です。

売り手よし 買い手よし 世間よし

客様(買い手)に喜んでもらうことはもちろん、社会貢献ができてこそ
良い商売であるという考え方であり、社会との関わりを重視する
ソーシャルマーケティングの視点が含まれています。

信頼を得て商売を成功させるためには、私利私欲の為だけでなく、
その地域のことを心から想い、関りを持つ縁者や地域に貢献する
ことを重要視していたことがうかがい知れます。
さらに社会貢献については、見返りを求めず、人知れず行うことを
良しとしています。
つまり世間さまへの恩返しは分らぬように目立たぬように黙って
させていただくということです。

近江商人の精神は時代を越えて受け継がれており、
「近江商人の商売十訓」が有名ですのでご紹介を・・・

近江商人の商売十訓

@商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
A店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何
B売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる
C資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし
D無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ
E良きものを売るは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり
F紙一枚でも景品はお客を喜ばせる、つけてあげるもののないとき
  笑顔を景品にせよ
G正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ
H今日の損益を常に考えよ、今日の損益を明らかにしないでは、
  寝につかぬ習慣にせよ
I商売には好況、不況はない、いずれにしても儲けねばならぬ

最後に話されたNさんの言葉が・・・。

  ダメな企業(経営者)は、
  トップは現場を知らない、そして汗をかかないため現状の危機感が
  持てていないことがいちばんの致命傷。
  だから社員・スタッフは時と場所と相手によって言葉や対応が違う。
  必然的に組織としての体力と安定感が備わっていない分、社会全体の
  信頼関係に直結し、ひいては時代の大きな波に一溜りもなく飲まれて
  しまうという末路の道を辿るんです。
  目先の木や葉にこだわり過ぎて責任感がなくなると、責任転嫁して
  もがき続けることになります。

続いてんNさんは、

  こんな時代だから何が起きるかわかりません。
  しかし本当に困った時に周辺の人が離れていくのか、それとも親身に
  なって話を聞いてくれて自分のこととして手を差し伸べてくれる人が
  いるかどうかが今の自分に問われています。

と話されました。
今の自分の姿を重ねつつ有り難いお言葉、聞かせていただきました。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年11月14日

浄土真宗のたしなみ!

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浄土真宗のたしなみ?

いきなり重々しい感じがしますが、この時期になると世間さまでいう
「喪中ハガキ」「年賀欠礼ハガキ」が届きます。
正直な心情を言えば、残念というか空しく感じます。

特に「念頭のご挨拶を御遠慮申し上げます」という常套句・・・。
ご家族が亡くなられた事実と新年を迎えるにあたっての挨拶は
切り離して受け止めるべきだと思います。
要はこの文言は新年の挨拶はするなというこですから。
余りにも悲しみまで否定するのは行き過ぎではないかと。
したがって年賀欠礼状について結論からいえば欠礼しても、
出状しても浄土真宗の香りが漂う手紙やはがきであることが大切です。
いずれか私たちは間違いなく縁尽きる身であるのですから・・・。


以前にも幾度か書きましたが、死を不幸なこととして限定しないと
いうのが浄土真宗の考え方です。
一般常識では、死に関ることは悲しみと、死を穢れとみなして忌むという
ことなので喪中はがきを出しますが、浄土真宗では、悲しみを通して
如来の大悲にふれ、死を穢れとしないので年賀状を出しても何ら
差し支えありません。

しかしながら一般常識にも差し出す相手側にも配慮して、
「この人には家族が亡くなったことをぜひ知らせたい」
という方で、葬儀に連絡していなかった遠方の方々などには、
ハガキを出すぐらいの感覚でいいと思います。

あらためていうと、浄土真宗は迷信を信じない宗派です。
浄土真宗では「迷信を信じてはいけない」という教えがあります。
「喪中」ということで世間で言われることの大半は迷信だと
判断できるものは、それに従わなくてもいいという考え方です。
むしろ、お正月にはお寺にお参りしてください、と言っています。

初詣に関しては、浄土真宗は仏教なので、
もともと神社にお参りすることは薦めていません。
「神社に参拝してはいけない」
というのではなくて、
「お寺にお参りすれば、それで十分じゃないでしょうか?」
という受け止め方です
喪中ハガキを出すも出さないも、私たちの心ひとつです。
これをしなかったら亡くなった方の魂が迷うのではないかとうのも
浄土真宗の考え方で言えば、あり得ないことなのです。
ただ、世間一般の常識やそれぞれの家のしきたりもありますから、
それに準じるならそれでもいいよ、という考え方です。
まして、これをやらなかったらバチが当たることもありません。

あまり、いろんなことにとらわれず、肩の力を抜いて、
「こだわらない心」を持っていれば、何事も柔軟に対応できますし、
それこそが浄土真宗のたしなみだと言えるのではないでしょうか。

南無阿弥陀仏
posted by 正 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教

2016年11月08日

量より質!

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最近つくづく感じること・・・。

年齢とともに何かにつけて趣味趣向、物の好み、考え方や意識が
変化してきていることに気づかされます。

例えば、10年前を振り返ってみると当時我が家の四人の
息子たちは食べ盛りのピークに差し掛かり始めた頃・・・。

お米も朝に一升、夜に一升と一日二升を炊くのも珍しくなく
何かしら常にお腹が空くという感じ。
旬のもの、食材を生かした料理というよりは満腹感を得るという
まさに質より量というような食事でした。

時折の外食もまずは食べ放題の店から選ぶというような感じで
私たち夫婦もそれにつられていたような気がします。

しかし流石に私たちもがつがつ食べるというよりは、
自分たちのペースでゆっくり、ちょっといいものを何種類もの
料理を美味しく味わいたいという感覚になってきました。
多少経済的に負担が大きくなっても満足感を優先したいという
思いに変化してきました。

つまりは、量という目と体の満腹感を得るというよりも
目では見えない本物の質にこだわる充実感を求めているのだと。

以前ある講演会で聞いたことが蘇ってきました。
人間が充実感を得るには三間(さんかん)が大事なんですよと・・・。
三つの間のことで、
一つは時間、二つめは空間、三つめは仲間

忙しい最中ではあっても自分の限られた時間の中で、空間という
自分の居場所があり、そして何よりも気の許し合える同志、
仲間が身近にいてくれることが、人生の充実感を得ることなんだと。

なるほど、なるほど!!!

昔、と言っても30数年前の「金八先生」という学園ドラマの中で

   世の中にはお金では買えないものがある。
   仲間、友情、親からの情愛、経験・・・

そんな1シーンがあったことを思い出します。

物事の本質は押し付けるものではなく感じるものであって、
量と質の本意を逆にはき違えると世間から淘汰されてしまいます。
さらには質を見極める眼を磨くには、出来るだけ自己の経験値から
かけ離れたタイプの仲間と縁を持つことだろうとも思います。
そしてそこには学びや生きるヒントに満ち溢れていることに
気付かされます。

かけ離れた未知の領域に踏み入れることは勇気と覚悟が求められます。
しかしそれの無き者は、自己にとって都合の良い者と群がることとなり
結果、居心地が良い分、人間的成長は鈍ります。
やがて気がつけば自己の本質を理解しあえる者は離れていくんですよね。

目で見えるものやお金に執着し過ぎないということでしょう。
お金では買えない時間・空間・仲間の存在が有り難く・・・

南無阿弥陀仏


posted by 正 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

2016年11月06日

2016報恩講&念仏コンサート

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先日告知をさせていただきました「報恩講&念仏コンサート」

本日無事執り行いました。
近隣のご住職がご出仕をいただき、宗祖親鸞聖人のご遺徳を
偲ばさせていただく報恩講。

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     オペラ歌手:花月真さん & ピアノ:ACOON HIBINOさん

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引き続いての念仏コンサート・・・。
滋賀・米原市にございます西来寺のご住職、そしてオペラ歌手として
ご活躍の花月真さんをお招きし、笑いあり涙ありそして心に染みる
歌があり、本当に尊いご縁をいただきました。

そして今回初めての試みでコンサートを行いましたが、あらためて
歌の力の強さをしみじみ感じました。

自分の思い、気持ち、信念を他人にそのまま伝えるということは
大変困難です。
直接相手に言葉として伝えたり、手紙にしたり、最近であれば
動画であったり・・・。

800年前の時代に生き抜いてこられた親鸞聖人は、たくさんの
書物を著わされて私たちに生きる道しるべを示して下さいました。

500年前には蓮如上人は「御文章」としてお手紙を残して下さり
人間の本質を見抜かれました。

花月さんの歌を聞き、曲に乗せられた詩を味わいながら素直に
染みるようにすっと入ってきたような気がします。

そして僧侶としてのあり方、お寺の役割ということも再確認させられた
ような気がします。

お参りにお越し下さった方々も十分に堪能したいただいたよう感じます。
これを機に少しでも仏教やお寺を身近に感じていただけるきっかけと
なれば幸いです。

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     AC00N HIBINOさんと一緒に

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     「大根&揚げさん」

最後は正福寺恒例の「大根&揚げさん」のお斎の振る舞いで
皆さんと美味しくいただきました。

今日も有意義な時間とたくさんの新たなご縁をいただき、本当に
有り難いことです。


南無阿弥陀仏




posted by 正 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教

2016年10月31日

本堂でコンサート!!!

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毎年10月から11月にかけて、全国の浄土真宗のお寺では
報恩講(ほうおんこう)」がお勤まりになります。

報恩講とは、生涯をかけて私たちに生きる拠りどころとして
お念仏を伝えて下さった宗祖親鸞聖人のご苦労とご遺徳を偲び、
そのご恩を通じて共々に感謝させていただく、浄土真宗において
年間の最も大切な法縁です。

報恩講のお勤めも各お寺や地域の特性を生かした工夫が
なされています。
先人の方々の智慧としてお念仏のおこころを少しでも
多くの方にそして子や孫へと伝えたいという願いなのかも
しれません。

一般的にはお勤めの後、法話を聞かせていただきます。
拙寺においても、11月6日(日)にお勤めいたしますが、
今年は思い切って法話を取り止めオペラのコンサートを
執り行います。

私がかつて勤務しておりました本願寺宗務所職員時代の
先輩であり、坊守が龍谷大学在学中に所属していました
混声合唱団「ラポール」の先輩である花月真さんを
お招きいたします。
プロのオペラ歌手としての活躍のほか西来寺(滋賀・米原市)
のご住職でもあります。

特に今年は少しでも多くの方にお寺を身近に感じて、
そして皆さんと楽しい時間を共有したいという願いで
「念仏コンサート」が実現しました。

そして何よりも昨年10数年ぶりに再開した花月さんと
関係者のご理解とご厚意によるご縁・・・
本当に有り難く感謝です。

どうぞどなたでも大歓迎です!
ご都合のつく方、興味を持たれた方・・・
皆さまの越しを心よりお待ち申し上げております(^^)v

 11月6日(日)<正福寺本堂 電話1(プッシュホン)06-6532-0436>
  ●報恩講法要   14:00〜
            (大阪西組6ケ寺参勤)
  ●念仏コンサート 15:00〜
            (歌:花月 真・ピアノ:ACOON HIBINO)
posted by 正 at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お寺

2016年10月26日

お勉強です!

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小生、保護司を仰せつかって4年目を迎えました。

法務大臣から委嘱を受けた非常勤の一般職国家公務員で、
犯罪や非行に陥った人の更生を任務とします。
僅か4年と言えども、私自身もたくさんの学びがありました。

今日の区役所での研修会・・・。

今年は特に有名人の薬物事件が報じられていますが、
一般庶民にも蔓延しているのが実情です。
本人の意思の弱さなのか、入手しやすい社会構造になったのか・・・。
一度手を染めると脳へ一生薬物を欲するサインがインプットされ
断ち切るのには相当の覚悟が必要であるとのこと。
それには、本人はもとより家族、そして警察や地域自治会との連携が
必須となるわけです。

そんな実情の把握と対象者への接し方の研鑽を積むという研修会です。

大きなことはできませんが、わずかながらの社会貢献です!

南無阿弥陀仏
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2016年10月21日

2016プロ野球ドラフト会議

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昨日執り行われた今年のプロ野球ドラフト会議。

有望選手豊作の年といわれた中、法務から帰ってきて
ちょうどテレビ中継に間に合った。
観ていると昔と違って、進行もスムーズで淡々と・・・。

各球団の1位指名が映し出されてきた。
注目の田中正義投手は5球団競合の結果、福岡ソフトバンクに・・・。

長男の母校・履正社の寺島投手は、東京ヤクルトの単独指名。
同じく山口投手は、北海道日本ハム6位指名。

三男・四男と小学校の学童野球チームに一時期チームメイトであった
秀岳館・松尾選手は、横浜ベイスターズに3位指名。

選手本人と家族、所属チーム(学校・企業)、そして指名する球団は
それぞれの思いと立場、将来設計、プライドが入り混じっているだろう。
観ている私たちはそれなりに楽しませてもらってはいるが、当事者たちの
心境を思うと・・・。

総じて今朝の新聞を見ていると、唯一阪神タイガースの戦略が
見えてこないとの記事がほとんど。
事前の情報収集不足が露呈したと酷評しているところもあったほどだ。
私たちが見ても、あまりチーム方針の意図が分からない。

とはいうものの、指名上位選手が必ず戦力となるとも限らないのがこの世界。
現時点ではスカウトの眼を信じるしか他ならない。

ただ言えることは、東京ヤクルトの応援が一段と深まることだけは違いない。
posted by 正 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球