
昔、結婚式の披露宴やパーティーの宴席でお偉い方がスピーチで
聞いた話の中で、
「親」という字を解体すると「木」「立」「見」となり
親というのは、木の上に立って子供の様子を自分の目で
見守れる程度の距離感が、適度な距離だ。
とよく聞いたことがあります。
実際は本来の「親」とう字の意味とは、無関係で違っており
俗説です。
ちなみに、「親」の字の意味は、
@対象物に近づいてみる
A親しい
B自分から
ということです。
スピーチでの「親」の話は、あくまでも喩えとして捉えておくとして、
要は、親子の距離感が難しいということです。
特に親父と息子の関係です。
我が家の4人の息子たちもそれぞれタイプが違いますし、
長男は大学2回生、四男は小学6年生と年齢も成長度も
違います。
ゆえに接し方もそれぞれ当然違います。
私自身、今の現状が良いのか悪いのか判りませんが、
親としての私の今の心情を息子たちに理解を求めても
無理です。
ただ彼らが成長し、親の立場になった時
「昔、親父の言ってたことは・・・。」
と少しでも気付いてくれたら、それでいいと思っています。
だから何がどうであれ、
「あかんことはしたらあかん!」
と言い続けています。
ましてや、優しい物分りの良い親父になろうという思いも
さらさらありません。
世間では、家族も色々ですから、親子のタイプ、関係も千差万別です。
そんな中、最近自分の子供だけしか見ないのか、見えないのか、
それとも見ようとしないのか、とにかく「我が子だけ」という
タイプの親が結構多いんですよね。
距離が近すぎるんですかね?
ちょっと距離をおいて、たくさんの関わりの中での我が子の様子を
見ていると、案外普段見せないような子供の様子に遭遇することが
あるんですよ、これが・・・。
「うちの子はこうだ」と勝手な親の固定観念でしか見ていない親が
何と多いことか。
挙句の果てには「この子のことは、親が一番よくわかている」
という言葉。
しかし、親だからこそ見落としていることが多いことか。
まずは、見落としの多い親であることに気付かなければ。
フレンドリーな関係の親子が増えつつある中、
私はあくまでも
「親は親、子は子」としての立場を崩してはいけないと
思っていますし、我が家はこれからもそんな関係です。
毎日、距離感が違ってきています。
この違いは、息子たちの成長と受け止めなければ・・・。
本当にこのスタイルが良いのかわかりませんが。
さて明日から東京へ行ってきます。